ハイレゾ 5.1chサラウンドJAZZアルバム「 Circle Round 」誕生秘話
本ウェブサイトでもお馴染み、日本が世界に誇るブティックレーベル「UNAMAS」のMick沢口氏が、先日リリースしたアルバム ” Circle Round “。このアルバムで、伝統的なJAZZファンも納得するような音質と質感を持つ5.1chサラウンド作品という新たな境地を開拓。決して止まることのない沢口氏の飽くなき追求心とチャレンジ精神は、きっと多くのエンジニアの心に共感を呼ぶのではないかということで、早速インタビューを行わせていただきました。
また、Mick沢口氏のご厚意によりUNAMASレーベルからリリースされる5.1ch版Circle Roundから2曲(No2. EruptionとNo.6 Let’s Gomi Jam)のデータをご用意頂きました。大変貴重な5.1ch JAZZ作品を聴きながら誕生秘話をお読みください。
ダウンロードいただくファイルはZIPにて圧縮されたFLACフォーマットのファイルです。ZIP解凍を行い、FLACに対応したメディアプレイヤまたはDAWソフトウェアでの再生にてお楽しみください。
長谷川教通氏コメント(引用)
JazzといえばやっぱりBlue noteとかImpulseとか、しかもモノーラル時代からのイメージが強くて、ステレオ時代に入ってからもShureのM44カートリッジにJBLのスピーカーを組み合わせた輪郭線の太い描写が、とくにオールドファンの聴感覚に染みついている気がします。そのようなイメージからすれば、Jazzとサラウンドの組み合わせは馴染みがないかもしれません。しかし、今回のサラウンドミックスを聴いてみれば、まさに目からウロコです。
評論家もこのようにコメントする程、世界的にも珍しく、オールドファンも納得な本格的5.1chサラウンドのJAZZ作品の興味深いコンセプトやレコーディングの様子をお楽しみください。
Circle Round / Tomonao Hara Group
Circle Round – ハイレゾ音源配信サイト【e-onkyo music】
–これまで、スタジオ録音のJAZZでサラウンドの作品は、あまり存在していなかったと思いますが、それはどのような理由によるものだとお考えですか?
JAZZは近接音と凝縮感が基本になっており、一方サラウンド音場は、楽器の音が拡散してしまいます。この凝縮感と空間をどう融合させればいいか?なかなか良い手法が生み出されなかったという点と、音楽は2chステレオで十分という制作からエンドユーザーまでの共通理解があったからだと思います。
これまでもSA-CDなどでJAZZサラウンドアルバムはありますが、私のJAZZサラウンドのイメージとは異なって拡散してしまっているので、それならステレオで十分と個人的にも思っていました。
–今回、今まで誰も試みようとしなかった192kHz/24BitのハイレゾサラウンドJAZZ作品を手掛けられましたが、これはバンドの演奏や楽曲にインスパイアされたのでしょうか?それとも他にも何か理由があったのでしょうか?きっかけや背景をお聞かせください。
UNAMASレーベルで当初から一貫した制作ポリシーのひとつにサラウンド音楽があり、これまでもJAZZではソロ楽器でのアルバムは制作して来ました。しかしJAZZのバンド編成でサラウンド表現をスタジオで録音するにはどうすればいいか、私の課題でもありました。原さんの前作、 Time In Delight(UNAHQ 1020)からバンド編成にピアノが加わったSextetになったので、この編成ならサラウンドが可能ではないかと思ったことです。その予備実験としてこの録音データを使っていろいろな定位の検討を昨年12月頃に行い、この編成と同じ今回のアルバムでは最初からサラウンドに発展できるようスタジオの配置やマイキングを検討しました。
–「Circle Round」は、企画の段階からサラウンドイメージのリリースも考えていたということですね。
そうです。あくまでエンジニアのわがままでなく原さんが音楽表現として納得できることが大前提でした。
–今回収録を行なったスタジオはStudio Tantaでしたが、このスタジオを選んだ理由などあればお聞かせください。
長年「音響ハウス」で録音してきて、ほぼ音も知り尽くしたので、今回は別のスタジオでやってみたいと思っていました。日本音響エンジニアリングの崎山さんから、富ヶ谷で設計を手がけた素晴らしいスタジオが完成したので機会があればぜひ使って見てください、という話を受け今年の2月に原さんとスタジオを訪問し、スタッフも音響も設備も素晴らしかったので原さんとも今回はここでやろうと決めました。
–録音に使用したマイクに関して、選定理由やセットアップなどをお聞かせください。
FIG-01マイキング図(下図)を参考にしてください。
マイクはトランペット(Tp)とサックス(sax)に、昨年7月フィンランドで録音した時にハイトマイクに使用したAustrian Audio(オーストリアン・オーディオ)のOC 818をONマイクとして使用しています。これでOFFマイクとONマイクの両方使ったのでこのマイクが持つ特質がよくわかりました。ブラスセクションもL-C-Rを活用するためにリボンマイクと併設してあります。
またStudio Tantaは、国内では貴重な Microtech Gefell のマイクを数多く揃えてあり、Gefellは私の好きなマイクですのでメインはこのシリーズにしています。
サラウンド表現を行うにあたりL-C-Rの構成が重要だと実験で感じましたのでコントラバス(Cb)については3本とし弦のアタックをGefellで、低域の響きはVanguard v13としています。
–今回の録音では、メインブースにトランペット / サックス / ピアノ、そしてアイソレートされたブースにベース / ギター / ドラムという配置を採用していますが、Studio Tantaのフロアーマップを見ると、ピアノブースがありますので、ピアノをブースに入れての録音も可能だったのかと思いますが、あえてそうされなかった理由をお聞かせください。
私の録音ポリシーは、空気をたくさん取り込むことにあります。そのため、極力open配置で、かつ無指向性のマイクを多用します。ブースはタイトなサウンドが必要なリズムセクションだけにしました。
–今回の楽器配置にはサラウンドミックスも念頭に置いての配置だったのでしょうか?
そうです。
–各楽器のメインマイクの他にアンビエンスマイクを配置されておりましたが、どのあたりに、どのような狙いで配置されたのでしょうか?
サラウンド表現を行うためにリバーブ付加でなく極力スタジオ内での実音で空間を構成したかったので、ブラスセクションとドラムブースの中間にAustrian Audio OC818ペアを無指向性で、ピアノは壁の反射を捉えるためにSANKEN CO-100Kペアで配置しています。
まず強烈な印象を残すのがセンターchの存在です。前方3chで描き出されるのは、2chステレオの音像感とはまったく違います。2chの場合は2本のスピーカーの間に貼り付くように並ぶ仮想音像が特徴ですが、センターchが加わることでより実体感のある音像が現れます。ドラムやベースがそれぞれのパースペクティブな空間をともないながらリアルに描き出されます。センターchに加えてリアchの情報が大きな役割を果たしているのは言うまでもありません。
それぞれの楽器によって描き出される音の空間図形が自在に伸縮しながら絡み合う……このうごめくような感覚、アーティストのエネルギーが空間で交錯する化学反応を起こす感覚は、クラシックでもあまり経験できません。Jazzプレイ特有の面白さではないかと思います。
そして驚異的なのがトランペットやサックスで、この浸透力は何だろう?ステレオじゃあり得ないと感激してしまいました。前方から後方に向けていっきに筆を入れるような潔さ。そのサウンドが脳みそを刺激するのです。そう、これはリアchに配置されたギターの役割が大きい。リアにギターを感じることで、サラウンド音場のリアルな存在が明確になる。だからトランペットの音が飛ぶんです。サラウンドといえばライブ会場の雰囲気を再現する……といった受け取り方をされることが多いと思いますが、今回のサラウンドはまったく次元が違います。フロント側にはステージ上の演奏リアchはアンビエント成分といった、いわば演奏を「記録する」ためのサラウンド録音から、5chという武器を駆使してより積極的に「表現する」ことにかかわっていく行為です。アーティストたちが発散するエネルギーのぶつかり合いや共感から生まれる音楽の醍醐味を、サラウンドが作り出す音響空間で演じてみせる。アーティストとミキシング・エンジニアの共同作業による挑戦的で斬新なアプローチだと思います。
(評論家の長谷川教通氏のコメント)
–『Circle Round』のサラウンドイメージについてお聞かせください。トランペットの原さんも「(まさに)ステージの上で聴こえるサウンド」とコメントされていますが、L/C/R、そしてリアのスピーカーには、どのように音像を配置されているのでしょうか?
実験して一番の発見はサラウンドリアの定位でなくフロントL-C-Rをどう使うかでした。凝縮したリズムとブラスセクションを表現するためにL-C-Rの使い方を工夫しています。またそのためのマイキングも行いました。具体的にはFIG-02 サラウンド配置図を参照してください。
また、2曲コーラスとボーカルで構成した曲があります。これはX-Yステレオで録音し3声ありましたので定位を分散してサラウンド表現としました。(FIG-03)
–通常のサラウンドミックスでは、フロントLCRに全楽器を配置し、リアスピーカーにアンビエンスを配置することが多いと思いますが、Circle Roundでは演奏者に囲まれているように楽器が配置されています。これは、Mick沢口様がイマーシブ録音の際に提唱している、主観的サラウンドと同じ考え方なのでしょうか?
そうです。私の主観サラウンドは全チャンネルに実音があることです。
–スタジオは比較的デッドな音場が多いと思いますが、Studio Tantaの響きはいかがでしたでしょうか?
崎山さんが自信を持っているようにニュートラルな響きとブースもOPENで、私が最も良かったのはスタジオの暗騒音レベルがとても低く、あの交通の多い富ヶ谷交差点とは思えずUNAMASレーベルの特徴の一つである静寂性にぴったりでした。
次回機会を作ってメインフロアに設置している大きな石壁面を利用した響きを取り入れて見たいと思っています。
–ようやく360 Reality Audio やDolby Atmos Musicなど、イマーシブフォーマットでの作品が世界からリリースされ始めておりますが、このような世界的動きをどのようにみていらっしゃいますか?また、今後の音楽作品のあり方についてお考えがあればお聞かせください。
UNAMAレーベルは2007年立ち上げから一貫して脱2CHをポリシーにして来ました。加えて2014年からは11.1CH Immersive Audioでの制作に取り組んで来ましたのでようやくレーベルとエンドユーザーの架け橋ができたと喜んでいます。
課題は、過去の遺産をMIXだけで無理やりImmersive Audioにするのではなく、半球面音場での表現を前提にした楽曲を作るアーティストが出てこなければ、単なる物珍しさで終わり、「やっぱり音楽は2chだよ!」と言われないような世界観をレーベルが構築できるかにあります。
UNAMASレーベルもこれまで制作して来た11.1CHマスター作品を、こうしたフォーマットでリリース予定ですので是非お楽しみにしてください。
Mick沢口
沢口音楽工房 UNAMAS- Label 代表
Fellow member AES and ips
1971年千葉工業大学 電子工学科卒、同年 NHK入局。ドラマミキサーとして「芸術祭大賞」「放送文化基金賞」「IBC ノンブルドール賞」「バチカン希望賞」など受賞作を担当。1985年以降はサラウンド制作に取り組み海外からは「サラウンド将軍」と敬愛されている。2007年より高品質音楽制作のためのレーベル「UNAMAS レーベル」を立ち上げ、さらにサラウンド音楽ソフトを広めるべく「UNAMAS-HUG / J」を 2011年にスタートし 24bit/96kHz、24bit/192kHz での高品質音楽配信による制作および CD制作サービスを行う。2013年の第20回日本プロ音楽録音賞で初部門設置となったノンパッケージ部門 2CHで深町純『黎明』(UNAHQ-2003)が優秀賞を受賞。2015年には第22回日本プロ音楽録音賞・ハイレゾリューション部門マルチchサラウンドで『The Art of Fugue(フーガの技法)』が優秀賞を、続く第23回では、ハイレゾリューション部門マルチchサラウンドで『Death and the Maiden』が優秀賞を受賞。さらに第24回日本プロ音楽録音賞の前同部門において最優秀賞を受賞、第25回日本プロ音楽録音賞・ハイレゾリュージョン部門「クラシック、ジャズ、フュージョン」において最優秀賞・スタジオ賞を受賞。日本プロ音楽録音賞4年連続受賞の快挙を成し遂げる……ハイレゾ時代のソフト制作が如何にあるべきかを体現し、シーンを牽引しつづけている。
https://unamas-label-jp.net/