ずかんミュージアム銀座 powered by 小学館の図鑑NEO
2021 年、デジタルとリアルが融合した「没入できる新感覚体験型施設」として『ずかんミュージアム銀座 powered by 小学館の図鑑NEO(以下ずかんミュージアム)』がオープン。鑑賞者が生き物たちの世界を積極的に楽しむための体験として、新機軸のアプローチが取り入れられた全く新しいミュージアムだ。
音響システムには、RME製オーディオインターフェイスとFerrofishのアナログ <> MADIコンバーター、そして、Genelecスピーカーの組み合わせが採用されている。この記事では、ずかんミュージアムの設立経緯やコンセプト、そして、音響システムの具体的な内容やプランニングのポイントなどをレポートしたい。
文・取材◎生形三郎 撮影◎八島 崇
ずかんミュージアムは、老若男女が楽しめる新たな体験型エンターテイメント・スペースとして企画された。全体のクリエイティブを統括した北井氏によると、「人間が生き物を配置して見せるといった受け身な体験にとどまらず、あくまで生き物たちの世界に人間がお邪魔することで、自らが進んで情報を読み取っていく体験」がコンセプトになっているという。
そこには、映像・音響・照明・造作物の連動による空間演出に加えて、モーションセンサーを駆使したインタラクションなど、これまでにない体験を裏付けする様々な仕掛けが組み込まれていた。音響システムにおいては、合計100個ほどのGenelec製モニタースピーカーが使用され、独自の自動生成プログラムによってエリアごとに最適化された音楽や、リアリティある生き物たちの音を再現している。
音響システムの設計構築やサウンドデザイン、ハードウェアのプランニングを担当された宮本氏によると、ずかんミュージアム内で展開される音響要素は、「生物が出す音」、「背景環境的な音」、「音楽的な要素」の3要素から成り立っているという。それらは合計150chのサウンドで構成され、複数のエリアごとに展開される。 特にこだわったのが、エリアごとの境界をいかにシームレスにつなぐことができるかで、隣り合うエリア間で共通の音階や中間的な共通音色を配置することで、音のカーテンのような境界の仕切りとしての効果を持たせているのだという。
また、生き物が発する音のパンニングは、特殊なスピーカー配置に合わせて独自のパンナーを作り出す必要があり、音響演出およびUX設計を担当された藤原氏は、「このパンナーシステムによって、生き物の音が画面内で完結せず、画面外に生き物がフレームアウトした後の音、つまり足音や羽音が少しずつ遠ざかって空間に馴染んでいくまでの聴感にこだわることができました。これは、建物内という空間的制約を取っ払って、自然界と同様の奥行きや広がりを感じていただくための仕掛けでもあります。」と話す。
さらに、生き物が発する鳴き声や足音などは、それぞれ10〜30種類ほど用意し、それらのワンショットをランダムに鳴らすことで生き物のリアリティが追求されているという。扱っている音源のタイプ数でいうと、ずかんミュージアム全体で優に2,000ファイルを超えるというから驚きだ。
要となるスピーカーには、部分的に超指向性スピーカー(パラメトリック・スピーカー)や振動型スピーカーを使用し、それ以外は全てGenelecのアクティブ・モニタースピーカーやサブウーファーが採用されている。
パラメトリック・スピーカーは、敢えて狭い通路が形成されたエントランス空間で複雑に音を反射させる演出や、深海ゾーンでの臨場感や緊張感を出すために使用されている。Genelec製スピーカーは、小型のシリーズである8010(約80台)や8020(約20台)が採用され、8010を主体に、大きな生き物のサウンドを演出するゾーンでは8020を用いるなどの使い分けを実施。加えてサブーファーとして7360が7台設置されるなど、合計100台以上にも及ぶアクティブ・モニター・スピーカーが採用されている。
導入の決め手となったのは、先述のパンニング演出の再現力で、宮本氏は「クリアな定位感が決め手となりました。候補として聴いたスピーカーの中には、敢えて位相を崩して音場を広げているようなものもありましたが、そういったものはステレオでの試聴では問題にならずとも、マルチチャンネルで使用した時に特定の周波数に強調が起きてしまいました。また、いわゆる設備用のスピーカーシステムも試聴しましたが、こちらは我々が求める正確な音の再現性が不足していました」と、Genelecスピーカーの再現力を高く評価した。さらに、藤原氏は「音だけでなく、100台規模の数を導入しますので、日本代理店によるしっかりとしたサポートや保証が受けられることも非常に大切な要素でした」と話す。大規模な導入をバックアップできるサポート体制も採用のポイントになったようだ。
コンテンツを再生するシステムは、RME及びFerrofishのオーディオインターフェイスをMADIで接続して構築されている。宮本氏によると、これらの機材チョイスには、前提としてこれだけの多チャンネルを賄えるインターフェイスが極めて限られていたことと、普段から製品を使用しており、その音質や安定性の高さを評価していたからだという。加えて、MADIを選択した理由としては、映像周りの機材をリンクしているDANTEやAVBを仕様システムとのコンフリクトを避けることが重要だったそうだ。なお、動作安定性に関しては、システムの動作中に途中でMADIケーブルを引き抜いて再び差し込んだ際に正常に復帰するかなどの実際的な実験などもされたとのことで、入念なチェックが行われている。
実際に「ずかんミュージアム」を体験させて頂いたが、まるでジャングルや海底に迷い込んだのかのような新鮮な驚きや発見を体験することが出来た。とりわけ、目立たない形で隠蔽した上で縦横無尽に配置されたスピーカーから発せられる明瞭なサウンドは、自然で没入感の高い体験を着実に支えていた。北井氏によると、オープン以来、体験型施設の新たな形として各方面から高い評価を獲得しているということで、その結果は、コンセプトやコンテンツのクオリティはもちろん、それらを十全に発揮させる高品位かつ安定性の高いシステムの賜物だと言えるだろう。