スタジオ・マルチ収録作品におけるイマーシブオーディオの可能性【後編】

360 Reality AudioやDolby Atmos Musicが本格的にスタートし、多くのリスナーがイマーシブでのリスニング体験をスタートし始めている今、オーディオエンジニアにはどの様なスキルが求められているのでしょうか。

この記事は、商業スタジオでのイマーシブ収録からミックスまでを記録した「スタジオ・マルチ収録作品におけるイマーシブオーディオの可能性【後編】」となります。

 

スタジオ・マルチ収録作品におけるイマーシブオーディオの可能性【前編】
スタジオ・マルチ収録作品におけるイマーシブオーディオの可能性【前編】はこちら

前編を読む

 

今回記事を寄稿いただいたのは、国内におけるイマーシブサラウンドの先駆者であり、研究家でもある、入交英雄氏。

入交氏は、MBS毎日放送時代より様々なサラウンド収録やミックスの研究と放送に携わり、現在は株式会社WOWOWにて、その手腕を遺憾無く発揮し様々な業務に携わり日本のイマーシブサラウンドシーンを牽引するエンジニアです。

「3Dオーディオ収録が最初から計画されたという点において、今回の3Dオーディオ制作は、スタジオ・マルチ収録ベースの音楽作品ではおそらく日本初の試みだったのではないかと思う」と氏が語る、実際の商業作品の制作を通じて得られた「生きた」インフォメーションをお届けいたします。

 

入交英雄
筆者
入交英雄氏|Hideo Irimajiri
株式会社WOWOW

1956年生まれ。1979年九州芸術工科大学音響設計学、1981年同大学院卒。2013年残響の研究で博士(芸術工学)を取得。1981年(株)毎日放送入社。映像技術部門、音声技術部門、ホール技術部門、ポスプロ部門、マスター部門を歴任した後、2017年より(株)WOWOWへ出向。2020年よりWOWOWエグゼクティブ・クリエイターに就任。1987年、放送業界初となる高校野球サラウンド放送のプロジェクトに関わる。2005年より放送のラウドネス問題研究とARIB委員、民放連委員を通じてラウドネス運用の規格化に尽力した。学生時代より録音活動を行い、特に4ch録音や空間音響について探求を重ね、現在では3Dオーディオ録音の技術開発と共に、精力的な制作や普及活動を行っている。また、個人的にも入間次朗の名前で音楽制作活動を行っており、花園高校ラグビーのオープニングテーマやPCゲームのロードス島戦記などを担当した。

 

後編は、【実践編 1) 南佳孝氏の「 Dear My Generation 」プロジェクト設計】 の 【 4) マイクアレンジ】 からスタートします。

ここまでの流れは、別記「スタジオ・マルチ収録作品におけるイマーシブオーディオの可能性【前編】」をご参照ください。

 

1 ドラム・ベース

まずドラムとベースの録音を行った。(いや、マルチ収録なので最初のトラックはドンカマかもしれない。)

ドラムマイキング

ドラムのCD収録用マイクアレンジはレコーディングエンジニアの片倉さんの担当となる。オーソドックスな収録スタイルで、Kick-On, Kick-Off, Sn Top, Sn Bottom, H.H., H Tom, M Tom, F Tom, Ride, TopL-R が立てられていた。我々はさらに3Dオーディオ用としてオムニクロス(KM D 133×4本)をスタジオ中央の高さ4mに、スタジオ後方にKM D 143をリアサラウンド用として2本追加設置した。

後のミックスダウンでは、再生空間に対してドラムとベースは前方に定位させることにした。ドラムの各スポットMic をL-C-R間にパンニングし、3ch間のダイバージェンスやL-Rのみのファントム定位は使用しなかった。音楽の5.1サラウンドミキシングではC=ハードセンターを用いずにL-R間にパンニングする方法が採用されることが多いが、フロント3本のスピーカが同性能のスピーカであれば、私はL-C-Rパンの方が良いと考えている。3Dオーディオに限らず、マルチチャンネル作品ではできるだけスイートスポットを広くすることが必要であり、そのためにハードセンターを利用する方が良い結果を生みやすい。

なお、ドラムのオーバートップはハイレイヤのHL, HRにアサインした。これによりドラムの上下感(シンバルが上方に定位するなど)が表現され立体感が増してくる。ミッドレイヤのみ使用したL-C-Rという線上の定位から、前面の空間への面定位へと工夫することにより、オムニクロスによる空間表現とは異なったリアリティが表現できる。

他著でも触れているが、このリアリティをオブジェクト臨場感と呼んでいる。一方、空間のリアリティはフィールド臨場感と呼ぶ。楽器の定位を面状にすることによりオブジェクト臨場感が増加し、オムニクロスなどによる空間収録の工夫がフィールド臨場感の向上に繋がっている。

また、ミッドレイヤのサラウンドマイク(リアマイク)は拡がり感を向上させると共に奥行き感の向上にも寄与することが判った。オムニクロスにより包み込まれ感が、ミッドレイヤのサラウンドマイクの工夫により拡がり感がコントロールできると考えている。

Drum MicPosition

ところで、今回の作品は大人のAORというコンセプトなので、EQやCompは浅めに使用している。ステレオ空間ではEQしないと埋もれてしまう細かいニュアンスが3Dオーディオ空間では無理なく聴こえるからであるが、その結果ドラムの音が大変ナチュラルに表現できた。

 

2        ピアノ

ピアノは片倉女史がプリミックスしたL-Rペアチャンネルをメインに、こちらで加えたオフ目のスポットマイクを補助的に使用した。

ピアノ

 

3Dオーディオ用にはドラムと同じくスタジオ中央にオムニクロスを配置した。なお、チャンネル数に制約があったためリアサラウンド用のマイクは設置しなかった。

ピアノとオムニクロス

Piano Mic Posion

このようにして収録したピアノは最終的に再生空間の左側に定位させることにした。すなわちL-RペアマイクをLSとLにアサインし、それに合わせてオムニクロスも90°左に回転させたかのようにHR→HLS→HRS、HRS→HR、HR→HLとアサインし直した。

ピアノはそれ自体に多くのオブジェクトを持っている。理論編で述べたようにペアマイクはオブジェクトとしてバーチャルスピーカにアサインするのではなく、2つの実スピーカにアサインする方が、(全体の音像定位は細かく調整することができないとしても)ペアマイク間のファンタム音像を素直に表現することができてより良い結果を生む。

今回の場合、ピアノはLSとLの間(左斜め60度程度の方向)を中心に定位するが、もしピアノ位置をずらしたいと言うことであれば、サラウンドパンナーを使用することにより可能ではある。しかしスイートスポットで聴けばうまくいっているように思えても、スイートスポットから外れたり、ミックス時とは異なるスピーカ配置で再生したりすると、想像以上に音質や音像が変化する可能性に注意する必要がある。これは同じ音源を複数のスピーカから同時再生するときに再生空間で起こる「コムフィルター効果」が原因で、多かれ少なかれ必ず生じるものだ。スイートスポットでは気づきにくいので、ミキシングするときは頭を動かしたり、異なる位置で聞いてみたりして確認することが必要である。

今回は3D用に設置したオフ目のペアマイク(KM D 143)をハイレイヤのHLS-HLにゲインを少し下げてアサインしている。この方法により、音色が少し太くなり、同時にピアノの立体感が向上する。このペアマイクをミッドチャンネルに加えても音色が太くなったとは感じないので、空間で合成するという所に大きな意味がありそうだ。

 

3       ストリングス

CD用にはかなり多くのマイクがアレンジされている。ストリングスは6人構成のため横に広がり、スタジオを横方向に使用した。このため後方への引きがなく、サラウンド用マイクは立てなかった。

3Dオーディオ用のオムニクロスも壁に近いところに立てざるを得なかったが、思ったほど壁の影響はなかった。スタジオの天井が高くデッドニングも適度に施されていたためと考えられる。

ストリングス マイクセッティング

ストリングスのマイクポジション

ストリングスは再生空間の後方に定位させることにし、3D用に追加したペアマイクのLをBR、RをBLにアサインし、丁度180°回転した形とした。オムニクロスもHLをHRSというように180°回転させたかのようにアサインし直した。もともとCD用に立てられたオフマイクがかなり上方から俯瞰するようにストリングスを狙っていたので、このペアマイクをHRS-HLSにアサインしたところ、ドラム同様にストリングスの立体感が生まれた。

スポットマイクはBRとBLの間にパンで振るが、再生システムによってBL-BRの開き角は(9.1へのダウンミックスまで考えると)60°〜140°と変化するため、定位の正確さをパンポットで追求してもあまり意味がない。ペアマイクとの関係においてバランス良く配置させることが重要である。

 

4        ブラス

サキソフォンとトランペットがブラスセクションとして加わる。ブラスをどこに配置するかはかなり迷ったが、プロデューサの三浦さんとも何度も試し、結局はシンプルにやや狭めにしたL-R定位とした。

3Dオーディオ用のマイクアレンジは、ストリングス録音の直後の収録のため、同じマイクアレンジを流用した。もちろん前方定位なのでストリングスの時のようなアサインのし直しはしていない。

管楽器 マイクセッティング

管楽器 マイクポジション

 

5       ヴォーカル

ヴォーカルはGoh Hotodaさん推薦のオーディオテクニカAT5047で収録された。ヴォーカルは狭いブースでの録音だったのでアンビエンスマイクは無意味と思われるかも知れない。

確かに非常にデッドにチューニングされているので空気感を録ることにおいてはハイレイヤの効果は期待できないが、ドラムのオーバートップやストリングスの上方マイクをハイレイヤにアサインすることによって立体感が向上することを考えると意味があるかも知れない。
そこで今回のボーカルダビングでは写真のように上方にオフマイク(Neumann D-01)を置きHCへアサインした。(試しに下方にも設置してみたがこれは使用しなかった。)もちろん音像はやや上方に引き寄せられるのだが、EQでは出来ないような芯の太さが表現され、オブジェクト臨場感の向上に効果的であることが判った。

ヴォーカル マイクセッティング

ヴォーカル マイクポジション

 

映像がある場合、特に家庭ではプロジェクタと音響透過スクリーンを使用することは稀であり、普通はスピーカをディスプレイの下に配置するであろう。そうすると上下スピーカによる定位は丁度映像の口の位置あたりとなり、かえって都合が良いことも判った。大型ディスプレイであれば、ディスプレイの上下にL-C-Rとスピーカを配置すれ良く、この6つのスピーカによるオブジェクト臨場感の向上により、テレビ音声の表現力向上が期待できるのではないかと思う。

もしや、と思ってアンビエンスマイクを設置したボーカルブースであったが、このように意外な効果を発見することができた。

 


 

5)       ミキシングと作品化

1        再生空間の設計

マイクアレンジの項目でも触れているが、全体の音源配置をまとめてみよう。

図はそのイメージである。ドラムは前面のL-C-Rの空間に構築し、ドラムのオフマイクをHL-HRにアサインすることによって聴取者から見て前方に上下の幅をもった音像として表現した。ドラムの左右はL-Rのスピーカいっぱいに取ったので、丁度実物大のドラムセットが目の前、スピーカのやや後方にあるように感じられる。これにオムニクロスを加えると小気味よい部屋鳴りが表現される。

ベースはライン録りなのでそのままCにアサインし、ヴォーカルはメインマイクをFCに、オフマイクをHCにアサインすることによる上下の広がりと存在感の向上を狙った。ベースのライン出力をHCにもアサインすると(3Dパンナーで上方向へパンニングすると言うこと)良い感じになるのであるが、ハイレイヤのHCが無いシステムで再生するとHCはHLとHRのファントムセンタとなってしまい、ベースの音像がぼけることが分かった。そのためベースはCのみのハードセンターに定位させた。

ピアノは左面に、これもオフマイクをハイレイヤにアサインして立体感を表現し、さらにオムニクロスを加えると一体感がより強固なものとなった。

エレピは右面に定位させ、ラインステレオ出力をR-RSにアサインした。

ストリングスはRS-RB-LB-LSの空間に配置するが、2種類のオフペアマイクのうち近い方をミッドレイヤのRB-LB、遠い方をハイレイヤのHSR-HSLにアサインし、スポットマイク6本をミッドレイヤのRS-RB-LB-LSにパンポットで配置した。ペアマイクをRS-LSに割り振らなかったのは、後ろを向いたときの開き角が120度となり、ファントム音像がきれいに並ばないためである。しかし、もう少し横の方にも聴こえて欲しいという要求があり、スポットマイクはRS-RRS-LRS-LSにパンニングした。

ブラスはL-Cにトランペット、C-Rにサックスをパンポットで定位させた。各々丁度中間くらい。これにオムニクロスを加えて広がり感を演出した。

 

surround image

 

このように楽曲の各エレメントを360度の空間に定位させるとステレオの±60°の空間に比べると楽器間の距離が大きくなる。その結果、複数の楽器の音が互いにマスキングしあうことがなくなり、分離良く聴こえる。

ステレオミックスではEQやコンプ、オートメーションにより細かくバランスを取って聴こえるか聴こえないかのせめぎ合いをしていたことが、嘘のように必要なくなる。一つ一つの楽器の音色もよく判るので、過度なEQは音の鮮度をかえって悪くしていることも判る。

このようにEQ、コンプワークは3Dオーディオミックスにおいては大いに見直す必要がありそうだ。逆に言うと、そのまま3Dオーディオミックスをダウンミックスすると聴こえなくなる音が発生する可能性が大きく、ステレオミックスは別に作る必要があると感じた。

 

2        リバーブ

3Dオーディオ制作において最も気を遣うエフェクトはリバーブである。いまでこそいくつかの3Dオーディオ用リバーブが出てきたが、当時は殆ど見あたらなかった。そこでサラウンド用のリバーブを2段重ねて3Dリバーブをシミュレートすることにした。3Dオーディオ用のリバーブが輩出される時代になったとしても、この方法は充分に使えるものと思う。

リバーブプラグインにはAvidのReVibe IIとAudio Ease のAltiverbを使用した。それぞれQuad音声モードで2段重ねし8chのリバーブとして用いた。一つでもパラメータの多いプラグインなので、2段重ねにしたときの組み合わせは無限と言っても良く、この調整に一番手間を要した。

 

試行錯誤中に面白いことに気がついた。

人は平面方向の知覚感度は高く、僅かな方向差も判るが、上下方向の知覚はそれほど繊細でないと考えられる。例えば2種のステレオリバーブを前後に割り当てて4chとした場合、その2種のモードが異なると違和感を覚えるが、上下となった場合ほとんど違和感がない。理由は推測の域を出ないが、耳は水平方向に2つしか無いところにあるのだろう。二段重ねのリバーブは、上下全く異なるアルゴリズムにしてもそれほど違和感がない。

さて、教会など実際の場所で残響を聴くと、残響は上の方へ登っていくように聴こえることが判る。上の方へ響くと言った方が良いだろうか。ホールなどは後方上方へと響いていくが、残響が段々下の方へ下がって聴こえると言うことは経験したことがない。もしかしたら下へ広がる洞窟などでは下へ響くこともあるのかも知れないが、生活空間ではあり得ないことと考えている。

そこで、単純にハイレイヤに割り当てたリバーブのリバーブタイムを大きくする、プリディレイを増やす、アタックをスローにする、大きい部屋のアルゴリズムを用いる、等の組み合わせを中心にテストしたところ、最も大きく寄与するパラメータはリバーブタイムとアタックで、これをうまく調整していくと残響が上に響いていく感じを演出できる。

通常のステレオの時に広い感じを出したくて駐車場やアリーナのアルゴリズムを用いると、きめ細かさがなくなって使えないと思っていたが、ミッドレイヤにホール、ハイレイヤに駐車場というように使い分けると、非常に大きなスペースだがキメも細かい、という印象を演出できることが判った。

今回のプロジェクトでは、色々なアルゴリズムでドラム、ストリングス&ブラス、ピアノ、エレピ、ヴォーカル用と5種類のリバーブを作製したが、おそらく2~3種にまとめることが出来ると思う。

リバーブワークは奥が深く、まだリコメンドを出せるほど習熟していないが、5.1サラウンドリバーブを2段重ねなど工夫することにより、かなり良い効果を出せることが判った。

(後日談:この作品ミックスの後に発売されたExponential AudioのSymphony 3Dなど3Dオーディオ用プラグインを用いると、自然な「包み込まれ感」を表現できることが分かった。しかし残響が上方に流れていくなどの表現をデフォルメしたい場合は2段重ねリバーブも有効である。)

3        ダウンミックス

Auro 13.1として完成させたが、その様なリスニング環境は少ないので、ダウンミックスについて検討しておく必要がある。

22.2にもダウンミックス式はあるが、13.1には標準的なダウンミックス係数は決められていないようだ。そもそもエネルギだけに注目したダウンミックスが3Dオーディオの有効なのかどうか検証したという話も聞いたことがない。

今回の場合、上下間レイヤでのファントム定位は使用していない。また、ダウンミックス時に各レイヤ内でファントム定位しなければならないチャンネルは、C、HC、VOGである。

 

以上を踏まえてダウンミックスを考えた。

Auro 13.1 スピーカーレイアウト

① Auro13.1→Auro11.1(7.1.4)/Atmos7.1.4
HCに-3dBを乗じ、HLとHRへアサイン、VOG(T)に-6dBを乗じてHL、FR、HLS、HRSへアサイン。これでほぼ問題なかった。

② Auro13.1→Auro9.1(5.1.4)/Atmos5.1.4
①に加え、LRSをゲイン1でLSへ、RRSをゲイン1でRSへアサイン でほぼ問題ない。

③ Auro13.1→5.1
②の後、HL、HR、HLS、HRSそれぞれゲイン1でL、R、LS、RSへアサイン。
上記のダウンミックス係数で、バランスも大きく変わらずラウドネスもほぼ同じとなる。

 

このダウンミックス係数は、本ミックスにパンポットやダイバージェンスをあまり使用していないので成立するが、そういった方法を多用したミックスでは、おそらく単純に足し合わせるとバランスが狂う可能性がある。

また、ミックスするときに各チャンネルのレベルをCDのように大きくとるミックスでは上記方法ではダウンミックス時に飽和してしまう。あくまで適正なラウドネスで作成することが前提となる。適正なラウドネスで作成されたミックスは、単純な加算ミックスでラウドネスがほぼ保たれる。もちろんダウンミックス時にファントム定位させるチャンネルは再生スピーカ数によってゲインを下げていく必要がある。
これを2chステレオまで繰り返していった場合、2chの時に飽和しないようなレベルバランスにするためには、大元の13.1chは結構小さなレベルとなる。

ブルーレイなどパッケージメディアの音量にはラウドネスが適用されないため、レベルをどう設定するかはエンジニア次第であるが、配信のラウドネスは規定されつつあるため、今のうちに運用を考えておく必要がある。

私のお勧めは、例えチャンネルのピークが-10dBFS位しかないとしても、全体のラウドネスを-18LKFSなどの(AESでは-16LKFS~-20LKFSをラウドネスのターゲット値の推奨範囲としている。)ターゲットレベルにしておく方が良いと考えている。

 

さて、ダウンミックスしているうちに面白い発見があった。

3Dオーディオ作品の5.1ダウンミックスは、平面のみのスピーカ再生にもかかわらず高さ方向を感じさせる立体感がある。かつて行っていた5.1サラウンド制作の時は包まれ感というものに着目せずに広がり感を追求していたので、当然ハイレイヤマイクを使うという発想はなかったし、そもそもアンビエンスマイクに3Dオーディオで使うほどの数量は想定しなかった。

3Dオーディオ収録で得たノウハウを用いれば、5.1サラウンドの表現力を今まで以上に向上できる可能性が示されたと言っても良いだろう。

 

なお、2chステレオへのダウンミックスは③で作製された5.1サラウンドから標準ダウンミックス式で作製すると、バランスや音量はともかく、聴こえ方が大きく変わってしまう。もともと360°定位を行っていたので当然ではあるが、例えばストリングスとブラスがぶつかったり、左右一杯に広がるストリングスが、ピアノ、エレピと重なり合ったりなどと3Dオーディオから得られるイメージと随分異なってしまい具合が悪い。やはり2chステレオ制作には別ミックスが必要であると感じた。

 

4        Auroエンコーディング

いよいよ最終段階である。上記で作製したネイティブの13.1ファイルをPro Tools用のTHE AURO-3D® CREATIVE TOOL SUITプラグインでエンコードを行ってみた。

AURO-3Dのエンコードは現在の所、AURO 9.1、AURO 11.1(7.1.4)までが96kサンプリング対応で、AURO11.1(5.1.5.1)以上は48kである。(AURO11.1は2種類あり、元々は5.1chを2段重ねにし、さらにVOG(天井の中心位置)を加えた方式であった。AURO 11.1(7.1.4)は後で追加されたフォーマットで、括弧の中の数字が物語るようにミッドレイヤ7ch、ハイレイヤ4chというATMOS 7.1.4と互換のあるフォーマットである。

48kまでのフォーマットは、いずれもVOGのあるフォーマットで、この理由を問い合わせたところ、世の中にAuro11.1以上で96k対応の民生用デコーダが存在しないので制限していると告げられた。理論的には192kにも対応可能なので、時代の進歩と共にハイレゾ3Dオーディが実現してくるだろうと思われる。

しかしながら作製したフォーマットは13.1なのでこのままAUROエンコードするとサンプリング周波数は48k止まりである。9.1であれば現在でもハイレゾ対応が可能だ。難しい選択ではあったが、家庭への普及を考えると13.1よりは9.1の方に分があり、今回は9.1chで作品化することにした。

 

次に、Auro-3D®フォーマットにエンコードした音声信号はwav互換である。つまりエンコードすると通常の5.1サラウンドフォーマットとして使用できる。AUROコーデックは、ミッドレイヤとハイレイヤの和と差を算出し、和を音声信号部分とし差分を下位bitに埋め込んでいる。通常24bitの下位ビットは殆どノイズフロアーなので、ここにデータが入っていても問題ないのである。従って完全なロスレスではなく準ロスレスと呼ばれている。

また信号部分はミッドレイヤとハイレイヤの和なのでそのままダウンミックス信号となるわけだが、そのミックス比は任意に決められ、しかもオートメーションさえ可能となっている。ダウンミキサーとしても重宝するかも知れない。

ブルーレイではAURO-3D®エンコードされた後dts-HDマスターオーディオでさらにロスレス圧縮されるが、実は多くのブルーレイプレイヤーはwavファイルでも問題なく再生できる。flacでも大丈夫で有ることを確認している。

実は、本作品は既にe-onkyoより5.1サラウンド作品としてリリースされているが、その中身はAURO9.1でエンコード済みのファイルである。現時点では、まだe-onkyoがイマーシブフォーマットをサポートしておらず、AURO-3Dとして正式リリースすることが難しかったため、ステルス?配信となった。ダウンロードした人から無事にAURO9.1で再生できたという嬉しい報告もいただいた。作品を世に問う方法がwavあるいはflacによる配信で済むので、これは3Dオーディオの普及において大いに敷居が低くなったのではないかと思う。

 


 

6)       考察

今回の実験ではCD制作のためのスタジオ・マルチ収録作品において3Dオーディオ化による効果を検証することが目的であった。その結果できあがった作品は大変ゴージャスな仕上がりとなり、プロデューサの三浦先生にも満足いただいた。CD制作の経過報告と3Dオーディオ制作のお披露目にあたり、南佳孝氏始めミュージシャンの方々や、CDのトラックダウンを担当されたGoh Hotoda氏にも新しい表現の可能性についてご納得いただけ、イマーシブという体験を共有できたと思う。

お披露目会では3Dオーディオ用のアンビエンスマイクを入り切りしてその効果を確認いただいたが、3D用のアンビエンスマイクを切ると、ソリッドな感じのリバーブの作る3次元空間が表現されており、これはこれで悪くないが、アンビエンスマイクを生かすことにより空間の隙間が埋まり、実際にスタジオライブを聴いているかのような臨場感に包まれることを理解いただけたものと思う。

小誌で紹介した「ニュアンス」以外にも「熱い風」と「柔らかな雨」という曲を3Dオーディオ化した。

Dear My Generation Dear My Generation   南佳孝

e-onkyo musicのサイトはこちら

「熱い風」ではHotoda氏がトラックダウンで見せたリバースエコーを使ったスペシャルエフェクトがあったが、このエフェクトを3次元的に拡大することにより、より風に飛ばされる雲のような感じの残響が表現できた。

また、「柔らかな雨」では大台ヶ原で収録した降りしきる3Dオーディオによる雨音をエフェクトに使用した。3Dオーディオによる雨は、まさに降っている様子が目に浮かぶ。と同時にこのようなエフェクトはステレオでは楽曲中では邪魔になるため、楽曲の先頭と最後でフェードアウト、フェードインして使うのが常道であるが、3Dオーディオでは楽曲の最初から最後まで雨を降らせたところ、邪魔になるどころか自分の心理状態によって雨音が聴こえたり聴こえなかったりする様子が、まさに雨の降りしきる日に家の中で楽曲を聴いているような錯覚に陥り非常に良かった。

さらに「柔らかな雨」は後で3Dオーディオミックスが追加になった曲で3Dオーディオ用のアンビエンスマイクを収録していない。ピアノやドラムのオフマイクをハイトレイヤに使ったり、シンセの白玉をリバーブとフランジャーを用いて上下から包み込むように表現したりすることによって、独特の包まれ感が表現でき、充分にイマーシブな作品とすることが出来た。

すなわちマルチセッションが残されているプロジェクトは3Dオーディオへのリミックスが十分可能であるということに他ならない。
このようにして今回の実験は成功裏に終わり、所期の目的を果たすことが出来た。

 

7)       最後に

今回の実験によってスタジオ・マルチ収録作品においても、音の動きや特効演出による作品が増えている中、そういった小細工がなくても臨場感のある3Dイマーシブオーディオとして耐えうる作品制作が可能であることが検証できた。

今回このような機会を頂いた南佳孝さんとプロデューサの三浦文夫先生、自分の録音中に3D用の収録を快く加えていただいた片倉麻美子様、リレー制作のために快くご自身のセッションをコピーしていただいたGoh Hotodaさん。機材提供や諸々の現場面倒を見ていただいたシンタックスジャパン殿。本紙面を借りて厚くお礼を申し上げる次第です。

Dear My Generation プロジェクトメンバー

 

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