Appsys ProAudio Multiverterで実現した堅牢なライブ収録システム

 

クラブ・ミュージックやヒップホップ、ジャズを得意とするレコーディング・エンジニアとして、1990年代から活躍する渡辺正人氏(SparkKidSound)。近年はライブ収録にも力を入れて取り組んでおり、現場にPreSonus Studio Oneを中心とする収録システムを持ち込み、多くのアーティストの公演をレコーディングしています。そんな氏が、“失敗が許されないライブ収録に必携の機材”と語るのがAppsys ProAudioのMultiverterで、リクロッキング・マシン/フォーマット・コンバーターとしてフル活用しています。その導入の経緯と活用法について、じっくり話を伺いました。

文・取材◎https://mixer.jp/ 撮影◎八島 崇


 

テレビ朝日ドリームフェスティバルやヒプノシスマイクなど、数々の大型Liveコンサートの収録をこなしてきた渡辺氏。今回取材でお伺いした現場は、日比谷野音で行われた Char LIVE 2023 ~ Smoky Medicine ~であった。

2010年にスタートしたライブ収録

 

——— 渡辺さんは近年、著名なアーティストのライブ収録を数多く手がけられています。ライブ収録を始められたきっかけをおしえてください。

 

渡辺 YouTubeが出始めたとき、そう遠くないうちにストリーミングが主流になると思ったんです。いずれCDという媒体を制作して売る時代ではなくなり、そうなるとレコーディング・エンジニアという仕事は厳しくなるなと。そんな時代に自分はどうやって生きていけばいいかと考えたときに、ふとライブ収録はどうだろうと思ったんですよね。でも、大枚をはたいて機材を導入するだけの確信が持てなかったので、知り合いのレコード会社のディレクター何人かに話を訊いてみたんですよ。“こういうこと考えているんですけど、どう思います?”って。そうしたら皆、“これからは絶対ライブ配信の時代になるので、良いと思う”という反応だったので、とりあえず機材を導入して始めてみたんです。それが2010年頃のことで、かなり早かったのではないかと思います。

 

——— どんなシステムで始められたのですか?

 

渡辺 スタジオではもちろんAvid Pro Toolsを使っていたんですけど、安定性と信頼性ということを考えて、Mackieのスタンドアローン・レコーダー、HDR 24/96で始めました。HDR 24/96はスペアを含め6台くらい購入しましたが、本当に堅牢で良くできたマシンでしたね。HAに関しては、持っているものをかき集めて使っていました。

 

——— PCベースのシステムに移行されたのは?

 

渡辺 ぼくがライブ収録を始めたときは、マイク・レベルのアナログ信号を分岐して貰う“頭分け”が主流だったのですが、MADIに対応したデジタル・コンソールが普及し始めて、これはPCベースのシステムに乗り換えないとダメだなと。でも、ライブ収録に耐えるDAWが見当たらず、それが一番の悩みどころだったんです。スタジオで使っていたPro Toolsは、当時のバージョンですと、録音を停止して波形が表示されるまでに20〜30分くらいかかったんですよ。そんなに時間がかかってしまっては、ライブが終わってすぐに機材をバラすことができない(笑)。それにテストした際に何度か止まってしまったことがあって、この程度の負荷で止まってしまってはライブの現場では使えないなと。MackieのHDR 24/96は、凄く堅牢なマシンでしたからね。

それでどうしようと悩んでいたときに、ちょうどいいタイミングでPreSonus Studio Oneが発売になったんです。確かバージョンは1.2だったと思うんですが、試しにテストしてみたところ、凄く動作が軽快で、音もPro Toolsより好みだった。動作も安定していて、これはいけるなと思い、PCベースのシステムに移行することにしたんです。

 

——— どのようなシステムを組まれたのですか?

 

渡辺 DAWがStudio One、パソコンはライブ収録用に自作したWindowsマシンで、オーディオ・インターフェースはRME HDSPe MADIという組み合わせです。マイク・プリアンプはPreSonus DigiMax D8をチャンネル数分使用し、ADAT出力をRME ADI-648でMADIに変換してHDSPe MADIに送りました。DigiMax D8は8ch仕様のマイク・プリアンプなんですが、合計64ch分、8台持っていましたよ。多分、日本一DigiMax D8を持っていたエンジニアだったかもしれません(笑)。でも間もなくアナログ分岐からデジタル分岐になっていったので、DigiMax D8の出番も減っていきました。

 

——— デジタル分岐が主流になり始めたのはいつ頃からですか?

 

渡辺 転換期は6〜7年前だと思います。DiGiCoのSDシリーズとAvid S6Lが普及して、今では95%以上の現場がデジタル分岐になりました。デジタル分岐は、アナログの頭分けとは違い、PAコンソールに入った信号をMADIで貰うので、HAを触るのはPAエンジニアさんの仕事になります。もちろんアンビエンスに関しては、ぼくが用意したHAに入力することになりますけどね。

 

——— デジタル分岐になって、ライブ収録はやりやすくなりましたか?

 

渡辺 単純にレベルを決めなくていいのでラクですよね。今はデジタル分岐に体が慣れてしまったので、久々にアナログ頭分けの現場があったりすると、“え? 今日はオレがレベルを決めなきゃいけないの?”と戸惑います(笑)。人間、ラクなことに慣れてしまうとダメですね(笑)。音質に関しては、最初はアナログ分岐の方が絶対に良いと思っていたんですが、個人的にS6Lの音が凄く好きなこともあり、何の不満もありません。

 

——— やはりMADIが一番多いのですか?

 

渡辺 いや、そんなことはなくて、MADIとDanteが半々という感じでしょうか。DiGiCoやS6Lの現場はMADIですが、公共施設などは圧倒的にヤマハの卓が多いので、そういうときはDanteで貰います。あとはたまにMIDASの現場でAES50というときもありますね。

 

——— スタジオでのレコーディングとライブ収録は別物ですか?

 

渡辺 音を記録するという意味では一緒ですが、スタジオでのレコーディングは音を作る作業で、ライブ収録はありのままの音を記録する作業ですから、やはり違いますよね。スタジオでのレコーディングでは、センスやフィーリングが重要になりますけど、ライブ収録で大切なのは何より安定性。誤解を恐れずに言えば、音の良し悪しよりも、とにかく止まらない、落ちないということの方が重要なんです。特にデジタル伝送になってからは、何か問題が発生したらすべてのデータがダメになってしまいますから。アナログで頭分けの時代は、あるチャンネルが死んだら別のチャンネルに逃げるということができたんですが、デジタル伝送ではそういったことができませんからね。

 

Appsys ProAudio Multiverterでライブ収録の信頼性を向上

 

——— 現在のライブ収録システムについておしえてください。

 

渡辺 DAWがStudio Oneのバージョン4で、パソコンはMac miniをLGのモニターに背負わせて使っています。なぜ古いバージョンのStudio Oneを使い続けているかというと、現在ライブ収録用のパソコンが6台あるので、すべてのマシンのバージョンを上げて検証する時間がなかなか取れないからです。スタジオでは最新バージョンのStudio Oneを使っているので、時間に余裕ができたらライブ収録用のマシンもバージョン・アップしたいと思っています。

 

——— Mac miniはどのようなスペックですか?

 

渡辺 一世代前のMac miniですが、ライブ収録ではそれほどパワーは使わないので、まったく問題ありません。メモリに関しては、一応保険的にマックスにしてありますけど、16GBくらい積んでいれば十分ですね。他のライブ収録用のパソコンは5台とも2012年のMacBook Proですが、64トラック収録でも全然大丈夫です。ちなみにライブ収録時のファイル・フォーマットは、48kHz/32bit floatがデフォルトです。

 

——— オーディオ・インターフェースは?

 

渡辺 RME Fireface UFX+で、アンビエンス収録用HAとしてはMIDAS XL48を使用しています。MIDAS XL48とFireface UFX+はADAT接続で、必要なチャンネル数分、台数を用意するという感じです。Fireface UFX+内蔵のHAも併用していますよ。

ラック内の一番下がRMEのMADI搭載USBインターフェイスFireface UFX+。 現在は生産完了となり、同等のスペックを持つFireface UFX IIIが現行モデルとなる。

 

そしてライブ収録で欠かせない機材が、Appsys ProAudioのMultiverterというデジタル・コンバーターで、PAコンソール側から貰うMADI信号をMultiverterで“リクロック”してFireface UFX+に入力しているんです。PAコンソールのMADI信号をFireface UFX+に直接入力した場合、普通はPAコンソールのワード・クロックに同期することになりますが、Multiverterを間に挟むことで、自分のシステムではRosendahl Nanosyncs HDをクロック・マスターにしているわけです。

2Uラック上段がMultiverter。ラップトップの画面には、Multiverterコントロール用のソフトウェアが起動しており、全ての設定をリモート・コントロールすることができる。

 

——— それは音質的な理由からですか?

 

渡辺 いや、トラブル・シューティングのためです。PAコンソールのクロックでも全然問題ないんですが、ワード・クロックを自分でコントロールできたら、それだけでもトラブル・シューティングの幅は広がりますからね。MADIはデジタル信号ですから、完全に縁を切るのは無理なんですけど、ワード・クロックに関してはこちらでコントロールできるようにしておこうと。

 

——— Appsys ProAudioのMultiverterを導入されたきっかけをおしえてください。

 

渡辺 フェス対策です(笑)。単発のライブであれば、Multiverterが無くても大丈夫なんですが、フェスやイベントですと、PAコンソールが3台くらいあったりするんですよ。PAコンソールが3台あったとしても、それらは同じクロックで動いているわけではなく、自分のところにはクロック同期していないMADI信号が3本くるわけです(笑)。

 

——— 確かにフェスやイベントで、複数のPAコンソールを同一のマスター・クロックで同期するという話は聞いたことがありませんね。

 

渡辺 マスター・クロックで同期しても、PAサイドには何のメリットもありませんからね。PAコンソールが3台あると言っても、それらは併用されるわけではありませんから。しかし自分のような収録業者は、クロックがバラバラの3系統のMADI信号を、トラブルなく録音しなければならない。それでMADI信号を“リクロック”できる機材はないかと探し始め、Multiverterに出会ったというわけです。現在、3台までのPAコンソールに対応できるように、Multiverterは3台所有していて、すべてサンプルレート・コンバーター・モジュールのSRC-64もインストールしています。実際にはSRCを使用するケースはほとんどなく、48kHzで収録しているんですけどね。

 

——— リクロック以外の用途でも使用されているのですか?

 

渡辺 PAコンソールからの信号がDanteのとき、MADIに変換するためのDante to MADIコンバーターとしても活用しています。あとはAES50 to MADIコンバーターとしても一度だけ使用しましたね。ですので機能として使っているのは、リクロックとフォーマット・コンバートの2つだけなんですけど、今やライブ収録の現場には完全に無くてはならない機材になっています。

 

——— 使い勝手はいかがですか?

 

渡辺 導入当初は、ちょっとオペレーションにクセがあるなと思っていたのですが、少し前にファームウェアをアップデートしてからは凄く操作性が良くなりました。難解だったSRCの操作も簡単になったので嬉しいですね。ちなみに現場では専用のパソコンを繋いで、コントロール・ソフトウェアを立ち上げてあります。コントロール・ソフトウェアと言っても、これで操作しているわけではなく、確認用画面として立ち上げてある感じですね。

 

アンビエンス収録用マイクとして活躍するAustrian Audio OC818

 

——— 渡辺さんには最近、Austrian AudioのOC818を導入していただきましたが、導入のきっかけをおしえていただけますか。

 

渡辺 仕事で乃木坂のソニー・ミュージックスタジオを訪れた際、OC818が2本あったので試しに使ってみたんですよ。確かピアノとチェロの録音で使ってみたのですが、そのときの印象が凄く良かったんです。AKG C414に似た感じのマイクなのかなと思っていたのですが、実際に使ってみたら全然違って、音色に艶があって。艶と言っても真空管のような味付けではなく、測定にも使えそうな正確なマイクでありながら、音色に何とも言えない色気があるんです。凄く気に入ってしまい、黒色のモデルを4本導入しました。

 

——— OC818は現在、ライブ収録時のアンビエンス用マイクとして活用されているそうですね。

 

渡辺 最初にアリーナの大きな現場で使用し、その後日比谷野外音楽堂のCharさんのライブでも使用しました。アリーナはセンター・ステージで、全方向にお客さんを入れる現場だったので、4隅にOC818を立てて、内側はオーディオテクニカのAT4021とAT4022でフォローして。Charさんのライブでは、上手と下手に2本ずつ立てて、そのうちの2本は少し内振りに、もう2本は外振りにセッティングしましたね。

取材当日はあいにくの雨。OC818はウィンドジャマーの中。
渡辺氏が実際に所有するAustrian Audio OC818。色はステージでも目立たないブラックを選択。

 

——— アンビエンス収録用マイクとしてのOC818は、いかがでしたか?

 

渡辺 かなり良い音が録れるんじゃないかと期待していたのですが、もう想像以上でした。会場の臨場感をしっかりキャプチャーしてくれましたし、それとPolarDesignerプラグインがもの凄く便利。Charさんのライブでは、内振りのマイクはPAのモニターに近い場所にしか立てられなかったのですが、PolarDesignerプラグインを使用することで、後から被りを抑えることができたんです。これは凄いなと思いましたね。PolarDesignerプラグインに関しては、まだプリセットを試しながらチェックしている段階なんですけど、上手く使えばEQが不要になりますし、とても画期的な機能なのではないかと思います。ライブ収録の現場で使うには、1本あたり2ch必要になるので、その分ケーブルの取り回しが大変になるんですけど、一旦システムを組んでしまえば大きな問題ではありませんね。

——— 現場では、MADI、Dante、AVB、AES50など、さまざまなオーディオ伝送規格が使われていますが、渡辺さんが考えるMADIの優位性について、最後にお話しいただけますか。

 

渡辺 ライブの現場では何よりも安定性、信頼性が重要なので、そう考えるとMADIが一番ですよね。MADIには絶対的な安定性と信頼性がありますから、失敗が許されないライブ収録の入口としては、やっぱりMADIしかないのではないかなと。それに個人的には、MADIの64chというキャパシティもちょうどいいと思っているんですよ。今となっては64chというチャンネル数は少ないのかもしれませんが、ケーブル1本で500chと言われても捌ききれないですし(笑)、人間が管理するチャンネル数としては64chくらいがちょうどいいのかなと。また、DanteやAVBはネットワークの規格ですから、扱う上ではそれなりの知識が必要になりますが、MADIはオーディオ・ケーブル感覚で扱えるのもいいですよね。たまにライブが終わった瞬間にDanteのケーブルを抜いている恐ろしい現場に遭遇したりしますけど(笑)、MADIだったらいきなり抜いても大丈夫。今後もいろいろな現場で、“信頼の規格”として使われていくのではないかと思います。

 

——— 本日はお忙しい中、ありがとうございました。

 

 


導入機材

Appsys ProAudio  Multiverter 

448 × 448 チャンネル・ユニバーサル・フォーマット・コンバーター / デジタル・パッチベイ

Austrian Audio OC818

マルチパターン&デュアル出力、ラージダイアフラムのコンデンサー・マイクロフォン

RME Fireface UFX III

94 入力 / 94 出力 192 kHz対応 ハイエンドUSB 3.0 オーディオ・インターフェイス&レコーダー

PreSonus Studio One

トラッキングからミキシング、マスタリングから配信までを一貫して提供する次世代の64Bit DAWソフトウェア


 

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